
あらすじ
時は巻き戻り、肱川邸に到着した直後からお話が始まります。肱川組の信頼を勝ち取れるか。
嘉麻戸七の丁稚奉公の記録。以下から、物語が始まります。
肱川邸ー庵
庵に続く道は埋め込まれた石畳になっており、野草が生える隙間はない。この男の背中と同じだ。肱川守。この巨躯は、生まれ持ってのものに生き方が重なったものであると見抜く。重厚に育ったものだ。嘉麻戸は感心しながら彼の数歩後を歩いている。左右に木々の幕間。闇の中では見えなくとも、ここが深く森に沈んだ場所であるとわかる。その深き香り。
風が揺らす枝先は鳴る。先ほどの場所よりさらに深い森、
こんな所によく建てたよね。さすがの石畳も嘉麻戸の重量を初めて味わうのか、平たく取った路石は派手に割れて、折り鶴の翼のように平坦から突き出た。やがて、暗がりから庵が出で立つ。肱川邸の玄関口にあたるのだ。瓦も。梁木も。選りすぐりの逸品である事は明白。さぞ頑強であろう。軒下には屋敷で働く十数名が嘉麻戸に視線を送る。丁度、土間玄関の入り口あたりに荷を下ろすように肱川に導かれた。
それに応じて肩口の荷紐を滑らせた。
嘉麻戸が視線を向けると彼らはつむじをジグザクに並べた。そ彼らの好奇の目には、自覚が在る。
顔立ちを褒められ、怪力はあらゆる場面で金を生んできたから。それに街の助平爺や、漁団組合の若衆。博徒の連中も大方この気配を先に放つもの。色を使う合理も有ることから、”対応”は有事の際に決める形を取っていた。「嘉麻戸。」土間玄関に一足先に上がった肱川公に名前を呼ばれる。客間には南蛮趣味のの幅を利かせた大椅子。そこには明らかに好奇とは別の意思が座っていた。品定めーしかもあえて見せつける期待の色目。―これが相応だ。
―うん、御公も私の不認識の癖を知ってた。この角成という女性。肱川公よりも偉い?横に座ろうと動く肱川公に目もくれず、上座にて鎮座する様子に疑問を抱きつつも、社会の慣習として知っていた。病人にとって医師は偉く、築城の現場では大工が偉く、戦場では人殺しが偉く、こと話し合いでは外交役の者がその有利を与えられている可能性があった。
腰掛けたまま、「向かいに掛けて良いぞ。」そのように嘉麻戸に促していた。―――――数日後(回想)―――夜目を効かせるための工夫について。麻戸七に惚れ込んだ博徒は負ける為に賭場まで来ていたと言っていい。その夜も其奴は恵比寿顔で暖簾を引くと三味線に届くかどうかの調子の良さで、闇市事情を話す話す。刀匠業物ならコイツ。流行りの薬なら三角屋根の博徒に金を渡せ。などなど。麻戸七を傍目に見ては小出しにするが、銭の方は派手ぶちまけていた。曰く、大事にしてるものほど暗く静かに眠らせる。つまりは、床下、天井、蔵の奥、嫁の股の付け根。そこに入ると決めたなら、手前の数日は夕刻起きて、暗所で過ごし、実行数刻前から、まぶたの裏だけ見てればいいと。阿呆の極みと思った戯言が夜目の極意。夜盗仕込みの暗視は際立って、ことごとく、肱川刺客をくの字にへし折った。貴重な情報をくれた盗人の顔は勿論思い出せない。角成と交わした簡単な決めごとは以下の取り決め以外になかった。其の一、仮面をせずして歩く者。此れすなわち外敵。容赦なく殺して一向に問題なし。それ以外の時間はゆるり楽しめ。とゆうもの。夜警の任に当たる嘉麻戸だが業務と言えど、指示通りに、ひたすら縁側で食と肴を楽しみつつ、人をみればヘラヘラと絡み酒につき合わせる。もしくは両の手の金剛石を相手方のわき腹に埋め込んだ。――――――(庵―――――――おい、七。
―うん。失礼だよね。嘉麻戸は
「私の方からは特に話す用もなく。不躾な物言いにて恐縮ですが。ン?これにて。」この時点で既に香りが鼻腔に届けた旨味ー妬みそねみー花見おもち。嗅覚を通して嘉麻戸の言語能力を溶かしつつあった。―おい。
―たべ、いや。話だけで帰ろ。「左様ですか、折角ご足労頂きましたので、夜食の用意をしておりました故、残念です。」角成が演じている。
逃さぬ確信がある。「そうですか。腹は減ってますので。して、話とは。」
―おい。
―聞くだけ聞くだけ聞くだけ聞くだけ。角成は驚いていた。
外交官として積んだ経験値。
その経験にはなかったからだ。
空腹とはいえ、こうも食事に心が揺さぶられていて、ソレを隠さず、いや隠しきれず、自尊心からきた拒否のはず。それと見て取れたが、即撤回した。今までの経験でこなせない。
角成は慎重にならざるを得なかった。「いかがですか。当代の庵には寝床も御座います。疲れをぬぐってぜひおくつろぎいただければと思います。」出来れば歩荷人の娘から乞われていれば、続く矢の打ち方にも緩急工夫ができたのに。悔やむ角成は、嘉麻戸の初手をみた上でシタテにでざるをえない。成功は常々から慎重にたぐり寄せるべき細き糸。未開の地なら尚更、索敵を長くとるべき。「いただきます。」
いつの間にか座った嘉麻戸。
寝床と食。全て貰うと言う言葉。嘉麻戸到着よりも前。
角成はよくよく庵から観察していた。
外門に向かう振飛に対して、「あえて背中を向けて暗殺を誘え」と指示をだす。快諾した振飛の後ろをついてあるく嘉麻戸にたいして、唐の頭目の海賊のごとく重心の移動、体幹の岩窟。
熊をものともしないと聞くが、あながちどうして真実味を帯びている。